江東区医師会 区民公開講座 骨盤臓器脱の悩みに最新医療で応える―仙骨腟固定術で目指す快適な毎日―
2025年9月6日(土) 13時30分~
江東区医師会館 4F 講堂
区民公開講座
骨盤臓器脱の悩みに最新医療で応える―仙骨腟固定術で目指す快適な毎日―
昭和医科大学江東豊洲病院 産婦人科
准教授 石川 哲也
【はじめに】
骨盤臓器脱(Pelvic organ prolapse;POP)は経腟分娩、加齢、肥満など多くのリスク因子が原因で骨盤底支持臓器が破綻し、重力や腹圧が加わることで生じる骨盤内臓器の位置異常です。古くから多くの女性の生活の質(Quality of Life; QOL)を低下させてきている疾患ですが、治療法に関しての確実なコンセンサスは未だ得られていません。しかしながら近年メッシュを用いた手術法の出現により骨盤臓器脱の治療法は大きな変貌を遂げてきています。本稿では当院で主に施行しているロボット支援下仙骨腟固定術について紹介したいと思います。
【骨盤臓器脱の症状】
初期の骨盤臓器脱では、股の間に何かが挟まったような違和感や、ピンポン玉の様な物を触れるなどの自覚症状をよく訴えます。脱出の度合いが進行してくると、脱出臓器が下着と擦れることで不正出血を生じたり、膀胱や直腸が圧迫されることから尿や便が出にくくなったりすることで受診するようになります。女性特有の病気であり、特に中高年以上の女性に多くみられる比較的頻度の高い病気です。アメリカの研究では出産経験のある女性の約半数は骨盤臓器脱に関する何らかの自覚症状を有しているともいわれています。また少子高齢化の現代社会において患者数は増加の一途をたどるとも言われており、今後患者さんのニーズは高まると予想されています。しかしながら、患者さんは自分自身の症状を「年齢による自然な変化」と思い込み、相談や受診が遅れるケースや、羞恥心により婦人科外来の受診を躊躇してしまうケースが多いこと、骨盤臓器脱への一般的な認知度もあまり高くないことから、診断には至らずに悩んでしまう女性も多いといわれています。また医療従事者側としても、相談を受けても、患者さん自身の「不快感」や「日常での困りごと」が十分に伝わらず、「深刻でない」と判断され、治療に繋がらないケースや、骨盤臓器脱の専門家に相談をしたくても情報不足により「誰に相談すれば良いのかが分からない」などで、効果的な治療にたどり着くまでに時間がかかりすぎるなどの問題点が指摘されています。
【メッシュを用いた骨盤臓器脱手術法の変移】
骨盤臓器脱は骨盤底支持臓器の破綻が原因で生じる疾患です。メッシュが出現する以前の手術法は、ヘルニア門となっている腟口や子宮を挙上している靭帯や筋膜などを縫縮する術式が主体でした。そのため再発率が高く、十分な効果を得ることが難しかったとされています。そこで筋膜や靭帯など損傷した部位に人工材料(メッシュ)を用いて補強を行う方法、『メッシュ手術』が注目されるようになってきました。
メッシュを用いた手術法にはメッシュを経腟的に用いる方法と腹腔内に挿入して用いる方法の2通りの手法があります。経腟的にメッシュ挿入を行うTVM(Tension-free Vaginal Mesh)は閉鎖孔と臀部の皮膚から内骨盤筋膜腱弓と仙棘靭帯にtension-freeでメッシュを挿入し、恥骨頸部筋膜と直腸腟筋膜を補強する手法であり、膀胱瘤、直腸瘤に対して最も適した治療法です。わかりやすいように簡単に説明しますと、腟壁の上下を切開しそれぞれにメッシュを挿入し、鉄筋を入れるかのように緩んだ部分を補強する手術方法です。しかし、2006年頃から腟壁へのメッシュ露出や切開傷のビラン、性交時の疼痛など様々な合併症が報告されるようになり、結果として2019年4月にFDA(アメリカ食品医薬品局)は経腟メッシュの製造販売を禁止しました。このことにより、現在も多くの国でTVMは中止されています(本邦では中止されておらずTVMを行っている施設もあります)。
もう一方の手術法はメッシュを腹腔内に挿入して用いる方法で仙骨腟固定術と言います。本方法は腟断端(もしくは子宮頸部)に固定したメッシュを用いて、仙骨前面岬角にある前縦靭帯まで牽引し固定する方法です。簡単に説明しますと、落ちている臓器(子宮や腟)にメッシュを固定し仙骨まで引き上げて固定する方法です。仙骨腟固定術は1962年に生体筋膜や合成血管移植材料を用いた腟断断端脱の治療法として開腹手術(Abdominal sacrocolpopexy; ASC)として報告されました。その後1973年にはメッシュを用いた方法が報告され、1994年に腹腔鏡による仙骨腟固定術(Laparoscopic sacrocolpopexy; LSC)として報告されました。その後多くの追試で開腹手術と成績が変わらないことから腹腔鏡手術が主体に代わりました。近年では、ロボット技術の発展により、2004年にロボット支援下仙骨腟固定術(Robot-assisted sacrocolpopexy; RSC)の報告がなされました。そして2020年4月にロボット支援下仙骨腟固定術が保険適応となったことにより、本邦でも広く行われるようになってきています。
【仙骨腟固定術のメリット】
仙骨腟固定術と腟式メッシュ手術(TVM)ともにメッシュ手術ですが、両者を比較したランダム化比較試験によると、仙骨腟固定術では手術時間は長いですが、術後の社会復帰は早いとされています。骨盤臓器脱の再発症例に対しても手術対応があることや、術後2年目の成績では、仙骨腟固定術の方が術後治癒率が高く、再手術率も低いと報告されています。また腟式メッシュ手術で問題となったメッシュびらんなどの合併症も腟壁を切開しないため生じにくく、腟管を自然な形で保てるため性機能の温存も可能であり若い女性にも適している術式とされています。
このような治療成績やFDAから出された経腟メッシュの使用法についての勧告などを総合的に判断すると、今後骨盤臓器脱の治療法において仙骨腟固定術に対する期待が大きくなることが予想されています。
【ロボット支援下仙骨腟固定術(Robot-assisted sacrocolpopexy; RSC)】
仙骨腟固定術は開腹(ASC)から腹腔鏡下(LSC)へ、そしてロボット支援下(RSC)へと技術の発展と共に、より低侵襲で安全かつスマートな手術法に移行してきています。仙骨腟固定術は、経腟メッシュ手術におけるFDAの勧告や、術後の再発率の低さ、患者の満足度から今後ニーズが高まってくることが予想されています。その一方で煩雑な手術手技と、難しい角度での多くの縫合結紮を多く要する術式のためロボット支援下手術の好適応であると言われています。ロボット支援下手術は視野が非常に広く、従来法に比べて約10~40倍での視野を得ることが可能です。手術機器の自由度も高く、人間には不可能な角度での執刀が可能であり、深く狭いところの縫合結紮であっても比較的容易に行うことが出来るのが特徴です。一般的に言われていることとしては、腹腔鏡手術よりも手術時間が長くなる傾向はあるものの、出血量は少なく術後合併症や手術成績に大きな違いは無いとされています。このように当院では骨盤臓器脱に対してロボット支援下仙骨腟固定術を積極的に行うことで質の高い医療を提供しております。
外来診療で時折、「ロボットが手術するのですか?」とよく質問されますが、ロボット支援下手術(Robot-assisted)であり、ロボットは術者の支援をするだけです。手術を実際に行っているのは生身の人間です。ロボットが全ての手術手技を行うロボット手術ではありません。ロボット支援下手術は外科や泌尿器科など婦人科領域以外でも世界的に広く行われている安全確実な手術法であり、ロボット支援下仙骨腟固定術は骨盤臓器脱に対して保険適応となっている標準的な術式の一つです。
【最後に】
少子高齢化を迎える現代社会において、骨盤臓器脱の患者さんは増加傾向にあります。特に仙骨腟固定術は術後成績も良く、患者満足度の高い術式であり、今後骨盤臓器脱の治療法として重要な役割を担う手術法であると考えられています。しかしながら、骨盤臓器脱の患者さんは高齢者や持病を持っている患者さんが多く、治療法の選択に関しては、個々のライフスタイルを加味し、安全かつ適切な方法を選択し、QOLの改善を図ることが重要です。
骨盤臓器脱は、産婦人科医とって決して珍しい病気ではありません。必ず治りますので一人で悩まず、恥ずかしがらずに相談をして下さい。そして快適な日常生活を取り戻しましょう。
