ピロリ菌と胃がんリスク検診(ABC検診)
区民公開講座 平成28年2月27日のまとめ
南塚内科医院
南塚 俊雄
① ピロリ菌
長い間、胃には細菌は生息できないと考えられてきました。ところが、1982年、ウォーレンとマーシャルによって、胃粘膜から新しい細菌が発見され、ヘリコバクター・ピロリ(ピロリ菌)と名づけられました。この細菌は胃炎を引き起こし、さらに、長期にわたる感染により萎縮性胃炎を引き起こすことが明らかになりました。その後の研究により、このピロリ菌が、胃潰瘍の主要な成因であり、その除菌によってほとんどの例で胃潰瘍の再発を抑制できることがわかりました。また、ピロリ菌陰性者ではほとんど胃がんを発生しないことより、ピロリ菌と胃がんとの関わりも次第に明らかになりました。
ピロリ菌は螺旋状の細菌で、数本の鞭毛を持っており、それを使って胃粘膜内を移動しています。 ピロリ菌という呼び名は通称で、正式な名称はヘリコバクター・ピロリです。ヘリコは螺旋、バクターは細菌、ピロリは幽門(胃の出口)を意味しています。つまり、「胃の幽門付近に住み着く螺旋状の細菌」という意味です。
ピロリ菌が強い酸性状態である胃の中でも生きていけるのは、ウレアーゼと呼ばれる酵素を出して、胃の粘膜にある尿素を分解してアンモニアを産生し胃酸を中和しているからです。
ピロリ菌は、免疫力の弱い乳幼児期に経口感染すると考えられています。つまり、ピロリ菌がヒトに最も感染しやすい時期は、乳幼児期といわれています。この乳幼児期までは、胃酸を分泌する機能が十分に発達できていないので、ピロリ菌は容易に胃粘膜に達し生育できるのです。このように、ピロリ菌の慢性感染は4~5歳頃までに成立するので、成人になってからのピロリ菌感染はまれです。 次に、ピロリ菌と胃がんとの関わりについて説明いたします。
ピロリ菌の感染が胃粘膜の炎症を惹起し、その長期感染が胃粘膜の萎縮を起こし、一部は腸上皮化生に進展し、最終的に胃がんを発生させると考えられています。
松尾らは、胃がん3161例について厳密にピロリ菌感染診断を行った結果、ピロリ菌陰性胃がんは21例(0.66%)のみであったと報告しています。これは胃がん患者100人のうち99人はピロリ菌感染胃がんであるということです。逆を言えば、ピロリ菌陰性者ではほとんど胃がんを発生しないことがわかりました。このように、胃がん発生にピロリ菌感染は必要条件と位置づけられると考えられます。
② 胃がんリスク検診(ABC検診)
わが国の胃がん検診は40歳以上を対象に年1回施行されており、胃X線検査(バリウム検査)が行われています。胃がん検診の受診率は、全国的に低い状況が続いています。現在、死亡率減少効果の点で国から推奨されている対策型検診は、胃X線検査のみです。一方、ABC検診は、煩雑なバリウム検査に比べ、血液検査のみでとても簡単な検査です。そこで、最近注目され、徐々に普及が見られている胃がんリスク検診(ABC検診)について説明します。
胃がんの原因のほとんどがピロリ菌感染であることは既に明らかです。また、ピロリ菌感染の期間が長いと胃がんになりやすい萎縮性胃炎になります。そこで、ピロリ菌感染の有無を調べる検査(血液中のピロリ菌抗体を測定)と萎縮性胃炎の有無を調べる検査(血液中のペプシノゲンを測定)を組み合わせて、胃がんになりやすいか否かのリスク分類をする検診が胃がんリスク検診(ABC検診)です。バリウム検査や胃内視鏡検査のように、直接胃がんを見つける検診ではありません。
ABC検診は、「ピロリ菌感染の有無を調べる検査」と「萎縮性胃炎の有無を調べる検査」を組み合わせて、受診者が胃がんになりやすいかどうかをA~Cの3群に分類して調べる検診です。この二つの検査法により、胃がんを診断するというより、胃がんになりやすい胃粘膜を有しているかどうかを判定するのです。
具体的に、ピロリ菌抗体検査とペプシノゲン検査を組み合わせて、胃の健康度をA、B、Cの3群に分類するのがABC分類です。ピロリ菌抗体検査(-)ペプシノゲン検査(-)をA群、ピロリ菌抗体検査(+)ペプシノゲン検査(-)をB群、ペプシノゲン検査(+)をC群とします(図1)。なお、ペプシノゲン検査(+)(C群)については、ピロリ菌抗体検査(+)ペプシノゲン検査(+)をC群、ピロリ菌抗体検査(-)ペプシノゲン検査(+)をD群とし、4群に分類する場合もあります。
理論的には、
A群は未感染の人
B群はピロリ菌感染に伴う胃粘膜炎症はあるが萎縮の程度は軽い人
C群はピロリ菌感染に伴う胃粘膜萎縮の進行した人
とおおむね判断できると思います。
井上らは、人間ドッグ受診者8286人を対象として各群における胃がんの発見頻度を検討し、C群で1.87%と最も高く、B群で0.21%、A群で0%で、A群からの胃がん発見は1例もなかったと報告しています(図2)。以上より、C群は胃がん高リスク群であり、一方、A群は胃がん低リスク群と考えられます。
胃がんリスク検診は、ABC分類を応用した胃の健康度チェックです。ABC分類による各群の胃の健康度評価は、次の通りです。
A群:健康的な胃粘膜で、胃の病気になる危険性は低いと考えられます。
B群:少し弱った胃です。胃潰瘍や十二指腸潰瘍に注意しましょう。定期的に胃の検査をうけてください。
C群:胃がんなどの病気になりやすいタイプです。 毎年、内視鏡検査を受け、胃の病気の早期発見・早期治療に努めましょう。
ABC検診は胃がんを見つける検診ではありません。胃がんになるリスクを判断し、胃がんになる危険性のある方には胃内視鏡検査を受けて頂くための検診です。
まとめ
ABC検診は、血液中のピロリ菌抗体検査とペプシノゲン検査を組み合わせたリスク分類であり、受診者が胃がんになりやすいかどうかをリスク判定し、その後胃がん高リスク群に対して内視鏡検査を継続して行う新しい方法です。ABC検診は直接胃がんを発見する胃がん検診ではなく、胃がんになりやすいかどうかを調べる検診です。よって、ABC検診単独では胃がん検診システムは成立せず、適切な画像検査(内視鏡検査等)との組み合わせが必要です。
したがって、胃がんリスク検診(ABC検診)は、将来、地域検診における胃がん対策の有効な選択肢になり得ると思われます。
参考書籍
1) 浅香正博(2010)胃の病気とピロリ菌 中央公論新社
2) 井上和彦(2014)胃がんリスクABC分類活用マニュアル
(株)先端医学社