小児泌尿器疾患:最近の治療方針2016

区民公開講座 平成28年10月8日のまとめ

慶應義塾大学医学部 泌尿器科学教室
  浅沼 宏

はじめに
 小児泌尿器科疾患のうち日常の臨床で診療頻度の高い「停留精巣/移動性精巣」、「包茎」、「夜尿症」と救急疾患である「急性陰嚢症」に関して最近の治療方針を概説する。なお、「停留精巣/移動性精巣」、「夜尿症」、「急性陰嚢症」については国内からも診療ガイドラインが刊行されているので参照されたい1-3)。

I. 停留精巣/移動性精巣 1,4)
1) 精巣下降・病態
 胎生初期に第2腰椎の高さで発生・分化した精巣は、妊娠後半になると精巣導帯、アンドロゲン、腹腔内圧の作用によって腹膜に沿って下降し、鼠径管を経て陰嚢内に到達する。停留精巣とは、精巣が本来の下降経路の途中で停滞し、陰嚢底部に到達していない状態をいう。その発生頻度は新生児期で約3%、1歳時で約1%とされ、低出生体重児や早期産児では高頻度となる。
 出生時の停留精巣は自然下降が期待され、その多くは生後3〜4ヵ月、遅くとも6ヵ月までには完了する。一方、停留精巣を治療せずに放置した場合には不妊症、悪性腫瘍、鼠径ヘルニア、精巣捻転、身体的・精神的トラウマなどの問題が生じる。未治療の場合は年齢とともに精巣の組織障害が進行し、2歳以降には対側の陰嚢内精巣にも組織学的変化が出現する可能性がある。また、停留精巣の悪性腫瘍発生の相対的リスクは約5倍とされる。
2) 診断・分類
 診断には触診所見が最も重要で、精巣が鼠径部から陰嚢上部に触知可能な「触知停留精巣」と、触知不能な「非触知停留精巣」に分類される。非触知精巣は停留精巣の約20%を占め、腹腔内精巣や胎生期の血流障害に伴う消失精巣が含まれる。腹腔内精巣の確定診断には腹腔鏡検査が最も有用である。
 精巣挙筋の過剰反射と精巣導帯の陰嚢底部への固定不良で生じる移動性精巣は、精巣を用手的に陰嚢底部に下ろすことが可能で、手を離してもしばらく陰嚢内に留まる。通常は治療の適応とはならないが、後に挙上精巣となり精巣固定術が必要となる症例があるため定期的な経過観察が重要である。
3) 治療・予後
 治療としては、一部の停留精巣にはホルモン療法も有効とされるが、生後6ヵ月〜1歳6ヵ月程度までに精巣固定術を行うことが薦められている。早期の治療により精液所見や妊孕能が改善し、悪性化のリスクが軽減できる。また、精巣を陰嚢内に存在させることにより、悪性化した場合にもその診断・治療の遅延が回避できる。
 精巣固定術は、触知停留精巣では約2cmの鼠径部切開法で行う。鼠径管を開放し精巣を同定、鞘状突起を結紮した後に精巣動静脈と精管を外側精索筋膜を切開しながら後腹膜腔へと十分に剥離する。精巣は陰嚢皮膚と肉様膜の間に形成したダルトスパウチ内に縫合固定する。非触知精巣に関しては、消失精巣に伴うnubbin(遺残組織)は将来の悪性化の可能性を考慮して切除する。腹腔内精巣では精巣血管が短く精巣が陰嚢内まで届かない場合が少なくない。このような症例では、精巣血管をあえて結紮切離し、6ヵ月程度精管周囲の側副血行路の発達を待ってから精巣を陰嚢内に固定するFowler-Stephens手術が行われる。近年、このFowler-Stephens手術は腹腔鏡を用いて行われ、良好な治療成績が示されている。
 片側停留精巣では、精巣固定術後約70%で精液所見が正常であり、約90%で父性獲得が可能とされる。一方、両側例では術後正常の精液所見は約30%であり、父性獲得も65%程度とされている。

II. 包茎 5)
1) 自然史・包皮の役割
 出生時、亀頭は包皮で完全に覆われ、亀頭と包皮の癒着が高頻度であるため包皮翻転は困難である。乳児期から幼児期にかけて、亀頭表面と包皮内板の間に表皮の落屑が生じ(落屑表皮が堆積して白色の小塊となったものが恥垢)、間欠的な勃起が起こることにより次第に両者の癒着が剥がれ、3〜4歳ころまでには亀頭表面の大部分の癒着が消失する。第二次性徴の時期に入り亀頭や陰茎の急速な増大が起こると、包皮の狭小輪は受動的に開大し亀頭先端が次第に露出され、思春期後期以降には非勃起時においても亀頭が露出した状態となる。
 包皮は生殖活動が不要な小児期においては亀頭保護の意義を持つ。また、包皮内板には繊細な感覚を司るMeissner小体が豊富に認められ、将来の正常な性行為や性感覚には必要と考えられている。したがって、包皮は決して「無用の長物」ではない。
2) 治療適応
 小児期の包茎は生理的なものであるため通常は治療を要さない。しかしながら、以下のような問題が生じた場合には治療適応と考えられる。
a) 嵌頓包茎:包皮輪が狭小であるにもかかわらず包皮の翻転を無理に行った場合に引き起こされる。亀頭への血流障害が生じる可能性もあるため速やかな整復が必要である。
b) 繰り返す亀頭包皮炎:局所の衛生が保てず、亀頭・包皮の炎症により発赤・腫脹・排膿・排尿痛などを伴う。
c) 有熱性尿路感染症:膀胱尿管逆流などの基礎疾患が合併している場合には尿路感染症のハイリスクとなる。
d) 排尿障害:尿勢不良や排尿時痛を伴う症例。バルーニング現象は外尿道口と包皮輪が一致せず起こることも多く、必ずしも治療は要さない。
3) 治療
a) 保存的療法(ステロイド軟膏塗布 + 包皮ストレッチ)
 一日2回、包皮狭小輪にステロイドホルモン、女性ホルモンまたは男性ホルモン含有軟膏を塗布しその伸展性を改善させる。ステロイド剤はコラーゲン合成を低下させ包皮を薄くする作用や抗炎症作用により伸展性を改善させる。ステロイド剤塗布による全身への副作用はないとされるが、女性ホルモン使用例では女性化乳房が報告されている。4〜8週間の継続で80〜90%以上の治療効果が期待できる。特に、包皮のストレッチ(包皮を愛護的に陰茎根部へと押し下げ、包皮狭小輪に緊張をかけ機械的にその伸展性を改善させる)を併用するとより効果的である。翻転可能となっても再発防止のために包皮ストレッチの継続が重要である。
b) 手術療法
 包皮狭小輪を含めた余剰包皮をリング状に切除し内板と外板を縫合する環状切除術が一般的である。治療効果としては確実であるが、小児症例では通常全身麻酔が必要となる。また、頻度は少ないものの外尿道口狭窄や尿道皮膚瘻などの合併症や手術年齢によっては外陰部手術に伴う患児への心理学的影響、将来の性感覚への影響も念頭に置かなければならない。したがって、小児期では軟膏塗布療法の効果が乏しい閉塞性乾燥性包皮炎などの一部の症例にその適用は限られる。

III. 夜尿症 2,6)
1) 病態
 夜尿症は、「夜間睡眠中に不随意に尿を漏らす」状態と定義され、夜尿のみの単一症候性夜尿症(MNE:約75%)と昼間の尿失禁など下部尿路症状を伴う非単一症候性夜尿症(NMNE:約25%)に大別される。夜尿症の原因として、夜間多尿、排尿筋過活動、覚醒閾値の上昇、発達の遅れ、遺伝的素因などの要因が関与しており、低・異形成腎、尿崩症、糖尿病、二分脊椎症、てんかん、睡眠時無呼吸症候群、異所開口尿管などがその基礎疾患となり得る。
 夜尿症の頻度は、5〜6歳で約20%、小学校低学年で約10%とされ、毎年約15%が自然治癒し中学生までには1〜3%に減るが、まれに成人になっても継続することがある。
2) 治療適応・鑑別診断
 まず、MNEとNMNEとの鑑別が重要となり、問診、身体診察、尿検査、排尿・飲水記録を確認する。患児と養育者の自尊心やQOLの改善のためにも学童以降の症例について、MNEであれば生活指導や行動療法が開始される。NMNEであればその基礎疾患の評価が重要となるため専門医へのコンサルトが必要となる。
 NMNEの評価のポイントとしては、明らかな尿意切迫感や尿こらえ姿勢は過活動膀胱を、女児でドライタイムがない失禁は異所開口尿管に伴う尿管性尿失禁を疑う。また、腰仙部の発毛や色素沈着、臀裂の非対称は潜在性二分脊椎症を疑う。過活動膀胱が疑われる場合は、便秘を防止しつつ抗コリン薬が投与されるが、治療抵抗性であったり、尿路感染症の既往がある場合には後部尿道弁などの器質的疾患の評価のため超音波検査や排尿時膀胱尿道造影検査が必要となる。
3) MNEの治療
 まず、以下の生活指導を行い、徹底する。
a) 就寝前の完全排尿
b) 夕食後以降の飲水制限
c) 便秘の解消
d) 睡眠中の寒さ冷え防御
e) 肥満の是正
 症状の改善が不十分な場合は、積極的な治療としてデスモプレシンによる薬物療法またはアラーム療法を3ヵ月程度継続し、効果がなければ他を行う。さらに効果が不十分であれば併用する。
 デスモプレシンは、バゾプレッシン受容体V2受容体に選択的に結合し、夜間尿量を減少させる。有効率は60〜80%であるが、投薬の中止で再発率は60〜100%とされる。膀胱容量が正常で[想定膀胱容量(ml) = (年齢+2) x 25]、夜間多尿[夜間尿量(ml) ≧ 0.9 x 体重(kg) x 睡眠時間(hr)]の症例に最も有効である。
 アラーム療法では、就寝前に下着にセンサーを装着し、夜尿によりアラームが鳴った時点で起床させトイレで排尿させる。夜間の自然起床というよりも夜間膀胱容量の増大が治療効果のメカニズムとされている。有効率は60〜80%で、再発率も15%であるが、夜間の起床には家族の協力が必要で、脱落率が10〜30%とされる。
 また、このような治療でも効果が十分でなければ、デスモプレシンに抗コリン薬の併用や三環系抗うつ薬を試みる。三環系抗うつ薬は過量投与で心毒性があるため注意が必要である。

IV. 急性陰嚢症 3,7)
1) 病態・疾患
 急性陰嚢症は、陰嚢の急激な痛みと腫脹をきたす疾患群で、その中でも、精巣捻転症、付属小体捻転症および精巣上体炎が高頻度である。特に、精巣捻転症は精巣への栄養血管が含まれる精索が捻れその血流が遮断されることにより発症するため、診断・治療の遅れが精巣の壊死に結びつく最も重要な救急疾患である。
2) 鑑別診断
 精巣捻転症と付属小体捻転症および急性精巣上体炎との鑑別が重要となる。精巣捻転症では他に比べ発症が急激で、左側に多く、夜間睡眠中や早朝起床時の発症が多く、腹痛や悪心・嘔吐を伴うことが多い。また、一過性の同様の疼痛発作の既往を有することがある。したがって、腹痛で受診した思春期の男子では必ずパンツを降ろして陰嚢の診察を行う必要がある。一方、付属小体捻転症や精巣上体炎は昼間活動時に発症することが多く、精巣上体炎では発症が緩除で発熱や尿路感染症による下部尿路症状を伴うことが多い。身体所見では、精巣捻転症では精巣挙筋反射が消失し、精巣が横位挙上となっていることが多い。古典的なPrehn徴候の診断的有用性は現在否定的である。陰嚢皮膚に透見される小さく青く変色したblue dot signは付属小体捻転症に特異な所見である。血液・尿検査では、精巣上体炎では炎症反応の上昇や白血球尿が有用な所見となる。画像検査では簡便かつ非侵襲的な超音波検査が極めて有用であり、精巣捻転症ではカラードプラ法で精巣内血流の消失や減弱の所見が得られる。また、精索が捻転しているwhirlpool signは血流消失以上に有用な所見であるとも報告されている。一方、精巣上体炎では精巣上体の血流増強が認められる。
3) 治療・予後
 精巣捻転症が疑われる場合または否定できない場合には緊急手術が必要となるため、専門医への早急なコンサルトが必要である。手術までの虚血状態を改善させるために専門医により用手的整復が試みられる。成功すれば直ちに疼痛が消失し、精巣の所見も正常となり精巣温存の確率は高くなる。術中に捻転を解除し、血流が回復すれば非吸収糸を用いて精巣固定術を行い、回復しなければ摘除術を施行する。思春期発症の鞘膜内捻転では対側も捻転を起こしやすいbell-clapper deformityの可能性が高いため、同時に固定することが一般的である。精巣捻転症での精巣の予後は捻転の回転度と捻転解除までの時間に依存し、360°以上の回転であれば4時間以内の解除でも精巣萎縮が起こりうる。180〜360°の回転で12時間までに解除すれば萎縮は起こらないことがある。360°以上の回転で、かつ24時間以上の経過では全例萎縮がみられたとされる。  付属小体捻転症が明らかであれば鎮痛剤投与などの保存的治療、精巣上体炎に対しては抗菌剤や鎮痛剤の投与を行う。精巣上体炎を繰り返す場合には後部・前部尿道弁、尿管異所開口など尿路の基礎疾患の評価が必要である。
 急性陰嚢症の診療においては思春期男子の精巣喪失の防止が究極のエンドポイントとなるが、そのためには医療機関での迅速な診断と治療が必要であることはいうまでもないが、思春期の患者が発症後遅滞なく迅速に医療機関を受診するかが重要な因子となる。したがって、一般男子とその養育者には急性陰嚢症が将来を左右する重要な救急疾患であることを啓発することが必要であり、今後学校保健教育との連携の重要と考えられる。

参考文献
1) 日本小児泌尿器科学会学術委員会編:停留精巣診療ガイドライン.
  日本小児泌尿器科学会雑誌, 14, 117-152, 2006
2) 日本夜尿症学会編:夜尿症診療ガイドライン2016.診断と治療社, 東京
3) 日本泌尿器科学会編:急性陰嚢症診療ガイドライン2014年版.金原出版,東京
4) 浅沼 宏, 大家基嗣:非触知精巣の腹腔鏡診断.小児外科, 47, 825-828, 2015
5) 浅沼 宏:子どもの包茎.チャイルドヘルス, 16, 20-23, 2013
6) 浅沼 宏, 大家基嗣:遺尿症.小児内科, 47, 1047-1052, 2015
7) 浅沼 宏, 松井善一, 青木裕次郎, 佐藤裕之, 大家基嗣:小児の急性陰嚢症.
  腎臓内科・泌尿器科, 4, 360-366, 2016