【区民公開講座】いつまでも楽しく食べるために~飲みこみのしくみ~

日時 平成29年12月2日(土) 15:00~
場所 江東区医師会館 4階 講堂
講演者 豊村医院 耳鼻咽喉科  豊村 文将

 

はじめに

 食事は生活における日々の楽しみである。飲み込みは人間が生きていくために必要な水分や栄養を摂るために欠かせない機能であり、飲み込みのメカニズムには色々な機能や働きが複雑に関与している。従って飲み込みのメカニズムに対する知識は、自分や家族に飲み込みのトラブルが起きた時に適切に対処するために重要である。

嚥下とは?

 モノを飲み込み、胃に送ることを嚥下(えんげ)という。言葉の由来は、中国でツバメの子が餌を丸呑みにする様子から「燕=ツバメ」という漢字が使われた。また嚥下は、口へんに燕(ツバメ)と書いて「嚥」に飲み下す「下」をつけて嚥下=「飲み込む」という意味の動詞になった。

 

嚥下のしくみ

 嚥下は、以下4段階より成り立つ。1)嚥下準備期(認知期、咀嚼期):食物を認識する(形、大きさ、量など)、摂食意欲を生じる、唾液や胃液の分泌が高まる、食物を口に運ぶ(姿勢、道具の選択、手の動きなど)(認知期)。更に食物を口に取り込む、食物の物性を判断する知覚、咀嚼して唾液と混ぜ合わせる⇒食塊、口のなかに食物を保持する(咀嚼期)。2)口腔期(第1相):食塊を口から咽頭(のど)へと送り込む段階、しっかりと口を閉じる、舌の運動で食塊を咽頭へと送りこむ、鼻への逆流を防ぐ、唾液を分泌する。3)咽頭期(第2相):食塊を咽頭から食道へと送りこむ段階である。1.嚥下反射がおきる。2.喉が上に持ち上がる(喉頭挙上)。3.喉頭蓋という蓋が下がり、声門がしまり気道を閉鎖=誤嚥を防ぐ。4.食道の入り口が開き、食塊は食道へ送られる。4)食道期(第3相)食塊を食道から胃へと送りこむ段階である。食道の筋肉の運動により食塊を胃へと運び、食道から食道括約筋の働きにより胃酸、食塊などの逆流を防ぐ。

 

嚥下障害とは?

 嚥下障害とは飲み込む動作が上手くできず、口の中のものを飲み込んで胃に送ることができない状態である。嚥下障害が起きると、低栄養や脱水を起こす、また食べ物が喉に詰まって窒息する、更に誤嚥性肺炎を引き起こす原因となりうる。
嚥下障害の症状として、 1.むせる。2.食事が進まない、食べきれない、時間をかけないと飲み込めない、口の内に食べ物が残る、食事に時間がかかる。やがて食事が苦痛となり食べる意欲が低下する。3.痰がらみ、声の嗄れ、自分の唾液が飲み込めなくなる。4.体重減少、食事量の減少、栄養の偏り、食欲低下が起きる。嚥下障害の原因として、【器質的原因】嚥下を物理的に妨げる構造上の問題、咽喉頭がん、食道がんなどの腫瘍、口蓋裂、などの先天的な奇形。【機能的原因】嚥下に関わる筋肉や神経の問題により嚥下が障害される。脳血管疾患、神経筋疾患、薬物、加齢。【心理的原因】うつ病などによる食欲不振。

 

誤嚥性肺炎

 近年、急速に進行する高齢化社会を背景に誤嚥性肺炎が急増している。肺炎は日本人の死因別死亡率の第3位である。口から食道へ入るべきものが気管に入ってしまうことを誤嚥という。嚥下機能障害により唾液や食べ物、胃液などと一緒に細菌が気道に入ってしまうことにより肺炎を発症する。また、胃酸を誤嚥すると気管の壁や肺がダメージを受け呼吸機能に障害をもたらす。典型的な症状は発熱、咳、膿のような痰である。しかし高齢者ではこのような症状が現れにくく、なんとなく元気がない、食欲がない、のどがゴロゴロとなる程度しかみられない場合があり、家族が症状に気づかない一因となる。

 

嚥下障害 診療ガイドライン

 「嚥下障害 診療ガイドライン」とは日本耳鼻咽喉科学会が「嚥下障害に関する診療をいっそう充実させる」ことを目的に作成し、評価、口腔・咽頭などの観察、簡易検査、嚥下内視鏡検査から成る。

 

嚥下障害に対する治療

 嚥下障害に対する治療として、基礎疾患の治療、全身状態の改善、栄養管理、身体リハビリ=ADL、意識レベルの改善、嚥下リハビリ、外科的治療がある。更に嚥下障害を引き起こさないためのリスクマネジメントを行う必要がある。嚥下障害の治療目標として第一に、喉頭機能(発声、呼吸、嚥下)をすべて保存して経口摂取を可能にすることが挙げられる。それが難しい場合、次に喉頭機能の一部を犠牲にして経口摂取を可能にする方法が選択される。更にそれが難しい場合は、誤嚥性肺炎の防止を目標とし、栄養は経口摂取以外に依存する方法を考慮する。嚥下訓練には、誤嚥のリスクのない間接訓練(基礎訓練)と、誤嚥や窒息のリスクを伴う直接訓練(摂食訓練)があり、まず間接訓練から行う。

 外科的治療として、喉頭温存を温存しつつ嚥下障害を改善する嚥下機能改善手術と、喉頭(発声)を犠牲にして誤嚥を防止する誤嚥防止手術がある。

 

まとめ

 病気や加齢で嚥下機能はだれでも衰えてくる。従って人生においていつまでも楽しく食べるために、嚥下障害の早期発見と適切なリハビリテーションが重要である。